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2013-04-29 上善若水のような八段師範—深草基弘先生

發表於 : 週四 4月 21, 2016 5:50 pm
michelle
2013-04-29 上善若水のような八段師範—深草基弘先生
国際昇段の審査と指導のため、来台されていた時のインタビュー
                           2013-04-29劉佩茵

  深草先生と始めてお会いしたのは、ホテルのロビーで、先生は一人カバンを持って、時間通りにお見えになりました。私達がすぐ先生のカバンを持とうとすると、先生は遠慮がちにお礼を述べ、笑顔で私の自己紹介をお聞きになりました。先生は国際的に有名な合気道八段の師範でありながら、1人の連れもなく、たった独りで、特別な要求をすることもなく、世界各地の道場から必要さえあれば、どこへでも指導に向かわれます。そして、持てる知識を惜しみなく教えてくださいます。

  深草先生に後のインタビューの目的を説明させていただくと、「うん、聞いてくださいよ!何でもいいですよ!」ときさくにおっしゃいました。そして、私達は名だたる師範である先生から、53年間におよぶ合気道の貴重な経験のエピソードを、2時間超にわたって伺うことができました。

  若い頃柔道をやっていた深草師範は、大学一年生のとき、初めて合気道に出会いました。そして、柔道は体重別に練習や試合が行われているために、小柄な自分がどんなに練習しても、なぜ大柄な新人にすぐ追い越されてしまうのかという疑問がやっと解けたそうです。それから、合気道の世界に入って、53年、毎日道場で、生活で、研鑽を重ねておられます。

  深草先生が日本で合気道を習っていたのはわずか3年ですが、教えを乞うていた先生の指示に従い、合気道を広めるためにタイへ行かれました。タイでは、格闘技の人気が高いとはいえ、誰も合気道を知らない異国であり、そこに単身で飛び込み、誰の助けも得られなかったという困難と苦労は、容易に想像できます。でも、深草先生はただ:「辛いよ。」とニコニコしておっしゃいました。「けど、その時タイへ行かないと、今の私はありませんよ!いろいろな難問があったからこそ、解決するために自分で考え、その経験の中で成長していきました。だから、今までに遭った困難や私の学生達は、皆私の先生と言えます。」

  たとえば、ある演武大会でタイの軍隊は本物の軍刀を使いました。そのナイフは両刃なので、握ったとき、手と指を切り、四方投げをしたときには、また足を傷つけてしまい…結局血だらけで終わりました。しかし、皆を安心させるために、先生は痛みを我慢しながら平気な様子で:「大丈夫!大丈夫!」とおっしゃいました。そのような状況は木刀を使っている日本では絶対にありませんでした。また、タイの警察と軍人に銃を奪う技を指導することになりました。そのために、深草先生は軍隊に三ヶ月間参加し、銃の取り扱いを習得されました。坂を駆け登り、高い壁を越え、坂を転がり落ち、銃を出してから撃つ…。このような厳しい訓練を受けたのは、各種類の銃の構造と功能を知りたかったためでした。そうすることで、彼らにもっと実戦的な技を教えてあげることができました。

  印象深いのは深草先生が「私は厳しい人ですよ。でも、皆に楽しく合気道を習んでもらうため、道場ではいつも笑顔です。」と言ったことです。私は深草先生に対して厳しさの中に優しさがあると感じました。

  「先生は積極的な性格だから、困難を自分の糧にすることができたのですか。」と伺ったところ、先生の答えは:「これは合気道ですよ。稽古をするときは、いつも積極的でなくてはならないのですよ。私はできないな、という考えを起こすと、すぐ手を曲げますね。どんな相手にあっても、私は絶対できると考えたなら、思った通りにできます。」深草先生は合気道を信念として、自分の心に刻み、いつでも合気道の精神を体現していると感じました。ある合気道世界演武大会において、ある深草先生と理念が合わない後輩は、先生を見ると避けるように去っていきました。しかし、先生はわざわざ彼女の前に駆け寄り、挨拶をしました。この話を聞いて、先生の心の広さを改めて感じました。作家の餘秋雨さんが書いた文章には「水、一見すると柔順そうだが、波となると大きな力を持つ。」というものがあります。これは先生の合気道の精神を表現したものではないでしょうか。先生はとても優しいのですが稽古のときになると、150キロの人であろうと180センチの人であろうと、らくにポーンと投げ飛ばしてしまいます。

  50年前にタイに単身で乗り込み、合気道を広め続けている深草師範は「タイ合気道の父」と呼ばれています。最高の誉め言葉です。けれどもこれは先生の目指すところではありません。先生は:「あれは彼らからそう呼ばれるのが私の目指すところとは思わないですよ。もちろん、それをきいて私はうれしいけど。」とおっしゃいました。それなら、先生の求めるところは何ですか、とお伺いしたところ、先生の答えは「合気道を続けることが私の最大の目的です。」でした。道徳経は「上士、道を聞けば、勤めて之を行う。中士、道を聞けば、在るが若く、亡きが若く。下士、道を聞けば、大いに之を笑う。」と述べています。先生は自分自身で努力して実践することだけでなく、練習が一番大切だということを教えてくれました。技を使うポイントを伺うと:「続けて練習することです。」先生のようなすばらしい師範になる方法を伺うと:「練習!」

  どんな練習でも、絶対練習したかいがあると思います。先生が大先生と稽古をした時、皆は正座で大先生の話を聞いていましたが、ややもすれば1時間を越えることがありました。足の痛みや痺れを我慢しつつ、早く技をしたいという気持ちも抑えなくてはなりませんでした。でも「その練習をしたから、心の力が強くなって、我慢強くなりました。」と深草先生がおっしゃいました。それから、タイで合気道師範を養成する訓練をしていた時には、正座5時間の記録を残しました。

  豊かな実戦を経験して、強い実力を持っている深草師範は、生活で争いごとに遭遇した時、主張しているのは「100%の自信が持てない時は、正しい方法で早く現場から逃げて下さい。」「さまざまな想像できない状況があるので、気をつけないと命を失うかもしれません。」さらに、先生は続けて:「合気道は頭を使う武術です。何事かが起こった時も、冷静に解決方法を考え、日常でもよく技について、自分の問題について考えなければなりません。これも合気道と他の武術の違うところです。倒すのは失敗ではありません。武術の多くが相手を倒すのは練習や試合の目的として、倒されると負けになります。しかし、合気道は相手を傷つけ、倒すことが目的ではないのです。交互に基本技を掛け合う中で技を会得していきます。ですから、倒されることを恐れないで。いい練習になりますからね。」と言われました。

  深草先生は最後に、台湾で合気道を習う人々に対してこのようなアドバイスをくださいました。「初めて稽古をするとき、先生の教え通りにまじめに練習してください。疑問を抱かず、先生を批判しないでください。ある程度になったら、いろいろな先生と稽古をすることは大事です。先生達は皆それぞれの身長や、体型などが違いますから、技のやり方も特色も異なっています。それから、自分によく合う先生を探してください。」

  インタビューが終った後、深草先生が指導する稽古があるということで、皆と一緒に武少林道場へ行きました。先生は長時間ずっと休まずにいたにもかかわらず、稽古の前に更に私達と少し練習しようと思っておられました。晩ご飯までも「食べません。稽古の前にはあまり食べません。」と言われました。単身でタイへ行って、世界の平和のために一所懸命に「愛の武道」を広め続けていて、いつも謙虚な態度で無欲です。深草先生が階段を上っていく姿を見ながら、老子の言葉を思い出しました:「上善は水の如し、水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る、故に道に近し。」
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展現上善若水氣度的八段師範—深草基弘老師
來台主持國際段晉升及研習後於2013/4/29受訪內容
  與 深草基弘師範第一次見面時,他一個人拿著行李,準時地走出下榻旅館的電梯。在大廳等候的我們,立刻上前接過老師的行李,他客氣地道謝,並笑瞇瞇地聽著我的自我介紹。一位合氣道八段的國際知名師範,沒有隨行人員,不會要求什麼樣的款待,只要世界各地的道館提出需求,他便義無反顧地到處指導合氣道,而且是完全不藏私地教授。

  跟老師說明接下來的訪談方向後,他爽快地說:「想問什麼就問吧!什麼都可以問!」於是在接下來的2個多鐘頭裡,我們沐浴在一位名符其實的大師風範中,傾聽其53年合氣道寶貴經驗的濃縮精華。

  本來學習柔道的深草老師,在大一時看到了合氣道的練習,對於柔道以體重分組練習、比賽;及矮小的自己練得再久,技法也無法遙遙領先壯碩的新生的疑惑,終於獲得解答。從此進入合氣道的世界,持續了53年,每天在道場、在生活上、在與人接觸時不間斷地練習。

  只在日本學習了3年的合氣道,深草老師的指導老師就建議他到泰國推廣合氣道。在各種格鬥技興盛的泰國,沒有任何老師或前輩的帶領,他隻身前往沒有人了解什麼是合氣道的異鄉國度,其間的困難辛苦可想而知。但是深草老師卻只是笑笑地說:「是很辛苦啊!」「但是如果當初沒有去泰國,就不可能有現在的我。因為遇上了那些難題,逼著我得自己去思考解決之道,所以能在經驗中學習、成長。因此遇到的困難、甚至我的學生,都是我的老師。」

  像是有次的演武大會,泰國軍方使用真的軍刀上場,但是因其刀刃是雙面開鋒,而且握把不長,因此奪刀時,無法避免地劃傷了手指和手掌;做四方摔一把對方摔出時,又割傷了腳…,結果全身是血地結束表演,還得忍痛地安撫大家說:「沒事!沒事!」這在使用木刀表演的日本,是絕不會發生的事。以此為借鏡,為了教導泰國警察和軍方奪槍術前,深草老師特別加入軍中學習槍法3個月,跟著軍中作息:衝上山坡、翻越高牆、滾落坡地後,再拔出槍枝開火…。接受這麼嚴格的磨練,只是為了瞭解各種槍枝的結構與功能,以便日後教學時,教授學生更實際的技法。

  想到剛剛聊天時深草老師說:「我其實是個很嚴謹的人,但是為了讓大家開心地學習合氣道,所以在道場教學時,總是笑容滿面。」跟在老師旁邊這一整天下來,我總能感受到老師在做事的嚴謹中,卻對人有著無比的親和力與真誠。

  當我問老師是不是本身個性正面積極,所以才能視困境為良師?深草老師卻說:「這就是合氣道啊!每次練習的時候,都要有積極的念頭啊!一有我無法做到的想法,手馬上就彎曲了吧!無論面對什麼樣的對手,一定要想著,我絕對可以做到!」應是深草老師已將合氣道當成自己的信念,銘刻於心上,所以他無處不在練習,無時不展現出合氣道的精神。有次在世界合氣道演武大會上,一位與深草老師理念不合的後輩,在會場上一看到老師轉身就走,結果老師還特地跑到她面前跟她打招呼。作家餘秋雨寫到:「水,看似柔順無骨,卻能變得氣勢滾滾,波湧浪疊,無比強大。」這正是老師表現出來的合氣道的內涵、合氣道的力量。讓人感覺親切的深草老師,在道館練習時,總是輕鬆地把大家摔得灰頭土臉,不論你是150公斤,還是180公分!

  在泰國耕耘了50年的深草基弘老師,有「泰國合氣道之父」的美稱。但是老師卻不覺得這是他的成就,他說:「那只是他們這樣稱呼我,並不是我的成就,當然他們願意這樣叫我,我聽了很高興。」那麼老師覺得的成就是什麼?他說:「持續不斷地學習合氣道,就是我最大的成就。」道德經說:「上士聞道,勤而行之;中士聞道,若存若亡,下士聞道,大笑之。」老師不僅身體力行,勤而行之,還不只一次強調練習的重要。請教老師技法的使用重點為何?他說:「不斷地練習。」請老師分享如何才能成為跟他一樣的好老師?他說:「練習!」

  無論是什麼樣的練習,一定都會有其價值。老師分享跟老道祖學習時,大家都正坐聽老道祖解說,結果常常是一講就一個多鐘頭,除了要忍受腳痛、麻,還有心裡想趕快做技法的焦急煎熬。但是深草老師說:「因為接受這種練習,所以心的力量變強,使得耐力也提升了。」後來老師在泰國,主持訓練合氣道師範的課程時,留下了正坐5個小時的紀錄。

  在豐富的實戰經驗中,鍛鍊出堅強實力的深草老師,對於在日常生活上遇到的爭鬥衝突,他主張「只要沒有百分之百的把握,就用正確的方法趕快離開現場!」因為有許多意想不到的狀況,一不小心就有可能喪失生命。更何況老師說:「合氣道是要用腦的武術。」不僅是遇到狀況時,要冷靜思索處理,平時更要去思考技法要怎麼做,並想辦法解決自己遇到的瓶頸。這也是合氣道跟其他武術的不同之處,不是被打倒了,就是失敗者。大部分的武術練習、比賽目的在擊倒對手,只要倒下就是輸了。但是合氣道不是以傷害、打倒對手為目的,而是在互相交替練習基本技法中,領會、理解技法。所以老師說:「不要害怕被摔倒,要趁此時機好好學習。」

  最後,深草老師給在台灣學習合氣道的人的建議則是:「剛開始學習時,老師說什麼就認真照著做,不要質疑或批評。等到了一定的程度後,很重要的是多跟不同的老師練習。因為每個老師的身材、體型不同,所以技法、風格也會略有所異,然後再從中判斷、尋找適合自己的老師。」

  結束訪談後,因為深草老師還要指導晚上的團練(晚上還要到道館指導),所以大家一起回到了武少林道館。一天下來這麼長的時間老師都沒休息,還想跟我們幾個先做練習,連晚餐都說不用吃。看著深草基弘老師上樓梯的背影,想著他獨身到泰國,傾注一生之力,推廣愛的武道,希望世界的每個角落,大家都能和平共處,自己卻始終虛懷若谷,不爭不求。這不就是老子說的:「上善若水,水善利萬物而不爭,處眾人之所惡,故幾於道。」嗎?